アットホームの心理療法


 心理療法って何?

 心理療法(カウンセリング)というと、どのようなイメージをお持ちでしょうか。
 心理療法は、定義によって異なりますが、一言で言えば、クライエントの無意識に
 眠っている力(リソース)を引き出すお手伝いをすることです。悩んでいるときほ
 ど、意識が過剰になり、無意識に感じている気持ちとの隔たりが大きく、あるがま
 まの気持ちがわからなくなってきます。

  なぜかある場面になると緊張する、やる気はあるけど身体がついてこない、素直
 な自分の気持ちがわからないといった状態のときは、心理療法によって無意識の自
 分と対話しながら、意識と無意識、頭と身体,理性と感性、理想と現実といった、
 相反する感情や考え、感覚を一致させる作業をしていきます。頭で考えていること
 と身体で感じていることの葛藤を統合する作業が心理療法と言えるでしょう。




 凍りついた心

  多かれ少なかれ誰しもが心に傷(トラウマ)を持っています。しかし、あまりに
 も大きな傷だと、感覚が麻痺したような状態になったり、緊張が生じて人との壁が
 大きくなったりします。それは、心の痛みを感じないようにさせるため、防衛機制
 が働くからです。手術をするときに痛み止めの麻酔をして痛みを感じなくさせるよ
 うに、心が傷ついたときも無意識のうちに感情を麻痺させ、心の鎧を身にまとうこ
 とができるようです。
  
ところが、心の鎧が頑丈になりすぎると様々な弊害が生じてきます。身体に痛み
 を感じることで、事故や災害から危険を回避し身を守れるように、重い心の鎧を着
 たままにしておくと、常に戦闘モードのため緊張しがちになったり、思い出せない
 記憶があったり、素直に泣いたり笑えなかったりすることもあります。つまり、心
 が凍ったような状態になるわけです。それは精神分析学では「解離」とも呼ばれて
 います。


 感動する心理療法

  それでは凍りついた心を溶かすにはどうすればいいのでしょうか。21世紀最高の
 心理療法家ともよばれる
M・エリクソンは、「神経症的なトラウマがあるなら、治
 療的なトラウマもあるはずだ。」と述べています。私はその治療的なトラウマとは
 感動することだと思っています。
ショックで麻痺していた心も、悲しい出来事の中
 に肯定的な意味を見出し、新たな物語を展開していくことで、躍動してきます。心
 が揺さぶられることで、徐々に命が吹き込まれ凍った心が溶けていくのです。
  心理療法はクライエントのドキュメンタリー映画を作っていくようなものです。
 今までの人生を振り返りながら、それぞれの物語を作っていくための、舞台作りや
 演出家あるいは黒子のような役割を担うのがセラピストです。あくまでもクライエ
 ントが人生という大舞台で主人公としてせいいっぱい演じきれるようにするための
 お手伝いです。心理療法の場でそれを演出できたとき、自分らしさを発揮するため
 の日常生活へ繋ぐことができます。心理療法は一種の非日常的な場です。あんなこ
 と言ったらまずいのでは、こんな自分を変えてみたいというときに、心理療法の場
 で試しに言ってみる、演じてみて、なりたい自分を試してみるのです。


 面白い心理療法

  また、心理療法は面白くありたいと思います。発想を変えてみるだけで、自分の
 短所に肯定的な意味を見出すことができます。短所と長所は表裏一体です。時とし
 て、最悪の条件は最高の成果を生み出します。一見、短所と思っていたことが長所
 にもなります。また、長所をさらに伸ばすことによって短所が気にならなくなって
 きます。自分の欠点にユニークな能力を見出せたとき、人生は面白くなってくるで
 しょう。
お笑いタレントを見ていると、なんであんなに自分を出せるのだろうか。
 人を笑わせるために自分を捨てられるのが凄いと思います。心の鎧を捨てて、自分
 を出し切っている姿がほほえましく思えます。
  そして、ユーモアは緊張を緩和させてくれます。機知に富んだ考え、柔軟な思考
 ができるようになってくると、「こうでなければならない」という凍りついた考え
 を溶かし、「このようなことがあっても面白いのではないか」という心温まるエピ
 ソードが語られ、その人らしい個性を発揮できるようになってきます。


 心理療法が目指すのは

 涙あり・笑いありの、感動する・面白い心理療法によって、そのような物語を作
 るための舞台を設定し、新しい物語を創造していくのが心理療法ですが、心理療法
 が普通の会話と何が違うかと言いますと、無意識を扱うという点です。認知行動療
 法であれ、精神分析学であれ、普段気づいていない自分を見つめ直し、新しい自分
 を獲得していく過程であることには変わりありません。無意識と対話しながら頭で
 考えていることと身体で感じていることが一致しているような状態、なんとなく自
 然体で過ごせる状態、葛藤が少なく今のままでいいんだと思える状態を創造してい
 きます。

  意識レベルでは善悪の判断や好き嫌いの区別が働き、迷いが生じてきますが、無
 意識レベルでは迷いはありません。そのままの自分でいいんだ、なんかこんな自分
 って好きだな、この場所にいるとほっとするなぁという感覚が得られるときです。
 そこまでいくと仏教で言う悟りの世界のようですが、私の中での身近な悟りという
 のは神秘的なものではなく、仕事や勉強に集中して取り組んだときの充実感や、ぐ
 っすり寝て気持ちのいい朝を迎えられたとき、食事を美味しく味わえるとき、家族
 や友人との何気ない会話を楽しむときなどを指しています。




 あるがままとは

 身近な悟りやあるがままの感覚とは何でしょうか。例えば、腕をつねってみて下
 さい。痛いですよね。でも少しつねったくらいでは、すぐに痛みは消えて、なんと
 もなくなりますね。実は人間の心も本来そうなのかもしれません。しかし、人間の
 脳は進化し、過去の記憶を整理し抽象的な思考ができるようになり、あらゆる思い
 を心の中に取って置くことができるようになりました。
  大変便利なものではありますが、一方でその脳はいつまでも、心の痛みを残して
 おくこともできます。これが後悔や心配、そして仏教でいう煩悩です。痛いものを
 痛くないとするのではなく痛いものを痛いと感じ、そのままにしておく。それが一
 種の悟りではないでしょうか。私は座禅をすることがあるのですが、悟ったと言わ
 れるあるお坊さんに悟りとは何かと聞いてみると、「パン」と手を一回叩いただけ
 ・・・。今ここにあるすべて、それ以外に確かなものはないということのようでした。
  心理療法で行うのは心の痛みをなくすことではありません。むしろ心の痛みをよ
 り深く味わえるようにすることかもしれません。涙あり・笑いありの、感動する・
 面白い心理療法によって、今ここで感じている心の痛みや自然の営みを味わい深い
 ものにするお手伝いができたら幸いです。